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アリスへの決別
〜前編〜


やっぱりここって暑いわね」
 そう言うと、僕が指示するまでもなく、アリスはさっさと脱ぎはじめた。まず靴を脱いで、踏み台の上に揃えてちょこんと置く。次に長い白の靴下をするすると下ろし、きちんと畳んで靴の上に置いた。いちいち優雅で上品な動作。家庭での躾が行き届いていることが分かる。
 同様に、エプロンを、スカートを、ブラウスを、ペチコートを、少しもためらうことなく取り去ってゆく。僕に背中を向けた格好で、軽く鼻歌など口ずさみながら、愛らしい尻を左右に振り、純白のズロースをずり下ろして、足から抜き取る。それを畳んで重ねた衣服の一番上に置く。最後に頭につけていたカチューシャをはずす。押さえられていた長い髪がはらりと前に垂れ、額の両側と頬にかかる。額を出したアリスも可愛いが、髪を垂らしたアリスもワイルドな印象があって素敵だ。
「どう? またちょっと背が伸びたのよ」
 アリスは今や生まれたままの姿で、僕の前でバレエのようにくるりくるりと回ってみせる。長い金髪がマントのようにひるがえる。腕を大きく広げ、何も隠そうとしていない。成長期特有のすらりと細い手足。肩から腰にかけての曲線は、まだ少年のそれと大差ないが、そろそろ胸がふくらみかけている。股間には細い縦線が一本あるだけで、美を損ねる無粋な茂みはまだない。
 薄いピンクの肌には、傷や汚れはひとつもない。陶器のようになめらかで、ホイップクリームのようにふわふわした印象。その動きは軽やかで、質量を感じさせない。とても僕の肉体と同じ地上の物質でできているようには思えない。なぜ背中に羽根がないのか、不思議に思えるほどだ。
 まさに生きた芸術作品。
「きれいだよ」僕は率直な感想を口にした。
「この世のどんなものよりも美しい」
 アリスは恥ずかしそうに身をよじった。裸を見られていることではなく、褒められたことが恥ずかしいのだ。彼女の魂はイヴが禁断の実を食べる前の状態だ。肉体と同様、魂にも一点の穢れもない。
 僕は一糸まとわぬ少女に様々なポーズを指示し、何枚も写真を撮った。快晴なので露光時間は四五秒もあれば十分だ。露光している間、彫像のように静止しているアリスを、僕は見つめ続ける。写真と同時に脳裏にも焼きつける。
 床にぺたんと座りこむアリス。何か奇妙なものを目にしているのか、無邪気な笑みで虚空を見つめている。口に指を当て、これから何が起きるのか不思議に思いながらも期待しているかのようだ。
 椅子の上で膝を抱えてうずくまるアリス。裸身を胎児のように丸め、顔は呆けていて、絶望に打ちひしがれているかのよう。
 椅子に逆向きに腰掛け、背もたれに腕を回しているアリス。背もたれにだらしなくあごを乗せ、つまらなさそうな顔で窓の外を眺めている。
 こちらに尻を向け、床に這いつくばるアリス。振り返って僕の方を見つめ、「見つかっちゃった」とでも言いたそうに、いたずらっぽい笑みを浮かべている。
 脚を開き、腰に手を当てて、すっくと立つアリス。やや前かがみになって、何か不満があるのか、すねたような顔で挑戦的ににらみつけてくる。
 ガラス窓にへばりつくアリス。悪人に閉じこめられているような印象。ガラスに強く押しつけられた胸が変形している。助けを求めるかのように、不安げな表情を浮かべている。
 アリスの見せる表情はまさに千変万化。シチュエーションが変わると印象も変わる。どのアリスもみんな魅力的だった。


【筆者プロフィール】
山本弘

■少女を愛するSF作家であり「と学会」会長。「時の果てのフェブラリー-赤方偏移世界-」(徳間書店)「神は沈黙せず」(角川書店)など著作多数。最新作は4月1日発売の長編「去年はいい年になるだろう」(PHP研究所)


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