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アリスへの決別
〜前編〜


枚撮るごとにコロジオン湿板をカメラから引き出して交換する。この作業にけっこう手間取る。撮影済みの湿板は光を当てないように保存し、後で現像するのだ。
 写真には常にアリスの全体像が収まるようにしている。胸や股間の接写を撮らないのはもちろん、大きく股を開かせるなど、露骨な性的アピールを感じさせないよう、ポーズやアングルには気をつけている。尻からのアングルにしても、いやらしく見えないよう、表情で子供らしいあどけなさを強調していた。それは世間への配慮というより、僕自身が自分に課したルールだ。アリスの淫らな写真を撮ること自体、彼女への冒涜だと感じるからだ。
 無論、撮影しながら僕が性的に興奮していること自体は否定しない。抱き締めたいという欲望にもかられている。だが、その欲望に従いたいとは思わない。彼女は繊細なガラス細工のような芸術作品なのだ。その美しさは純潔や無垢から発するものであり、穢したら最後、永遠に失われてしまう。僕はアリスの美を愛するがゆえに、彼女の純潔を守りたい。だから彼女が服を脱いでいる間、一メートル以内には決して近寄らないようにしている。
 いつか彼女も大きくなり、どこかの男のものになるのだろうか。天使から地上の女へ堕落するのだろうか。美しい肌を男の手で蹂躙されるのだろうか。それを想像すると気が狂いそうになる。だからこそ、無性に記録しておきたくなるのだ。このつかのまの美を、映像の中に、僕の記憶の中に、永遠に凍結しておきたいのだ。
 だが、それすらももう許されない。
 露光時間が短いとはいえ、やんちゃな女の子に何十秒も動くのを我慢してもらうのは、やはり苦行だ。一〇枚も撮るとアリスは不機嫌な様子を見せはじめた。いい具合に正午を告げるトム・タワーの鐘が鳴り出した。僕は「ちょっと休憩して食事にしよう」と提案した。
 僕たちは床に敷いたマットの上に座り、他愛ない話をしながら、紅茶を飲み、サンドイッチをぱくついた。ピクニックのようで楽しかった。アリスは裸のままだ。グラスハウスは暑いし、後からまた撮影をするので、わざわざ服を着るのは面倒だからだ。僕はにこやかに話しながらも、慎重に一メートルの距離を置いていた。それでも彼女が無防備にあぐらを組んだりするので、目のやり場に困った。
 ガラス越しに射しこむ日差しは強く、服を着ていないのにアリスは暑がった。食事が終わると「ねえ、外に出ていい?」と言い出した。僕が許可すると、やはり裸のまま、グラスハウスの奥のドアから平屋根の上に出ていった。僕もそれに続く。
 平屋根の上には、いい具合に風が吹いていた。「うわあ、涼しい」アリスは気持ち良さそうに眼を細め、風の中で大きく腕を広げた。金髪が風にひるがえる。この平屋根は他の寮の部屋からは死角になっていて、誰にも見られる心配はない。
 僕と素裸の少女は、青空の下、学寮の温かい屋根の上に座りこみ、しばし眺望を楽しんだ。近くには巨大な鐘を有するトム・タワーがそそり立ち、遠くにはオックスフォードの街並みが一望できる。
「ねえ、先生。何かお話しして」
 アリスにせがまれ、僕はちょっと悩んだ。
「どんな話がいいんだい?」
「前に、人間の頭の中が映るカメラのお話をしてくれたでしょ? あんな感じの、おかしなお話がいい」
「おかしなお話か……うーん」
 僕は少し考えてから話し出した。

【筆者プロフィール】
山本弘

■少女を愛するSF作家であり「と学会」会長。「時の果てのフェブラリー-赤方偏移世界-」(徳間書店)「神は沈黙せず」(角川書店)など著作多数。最新作は4月1日発売の長編「去年はいい年になるだろう」(PHP研究所)


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